デジカメやビデオカメラで撮影を行うとき,私たちはズームを多用します.これは被写体を適切な大きさで撮影したいというニーズに応えるものですが,見方を変えると,被写体に近寄って撮影したいという欲求を反映するものでもあると考えられます.
望遠レンズで撮影すると被写体の奥行き感がなくなることはよく知られていますが,ステレオ画像を撮影・観察するときも,単にそれぞれのカメラを同じ倍率でズームアップしただけでは,同様の現象が生じます.むしろ,両眼手がかりが有効になるため,被写体が顕著に奥行き方向に潰れて観察されます.かわいい子どもや孫の顔をアップで撮ろうと思ってズームアップしたら,ぺしゃんこに潰れてしまっては悲しいに違いありません.
ステレオ立体視において,奥行き感の手がかりのうち幾何学的な要因は輻輳と両眼視差(これらは両眼手がかり),および像の大きさ(こちらは単眼手がかり)です.これらを協調して制御できれば,物体に近寄ったかのような効果を与えることができるはずです.
人間が物体上のある代表点を注視している状況を考えると,輻輳は両眼からその点へ向かう線がなす角で表されます.ステレオ画像を用いてこれを再現する場合,左右の画像をどのように重ねるかによって,特定の対応する点の輻輳は制御可能です.以下,撮像時の物体までの距離をDとし,これをD/nの距離で観察しているかのような効果を与えたいとしましょう.像の大きさは,撮像時の距離と提示したい距離との比率nに応じて像をn倍に拡大(左右それぞれのカメラをズームアップ)することにより,輻輳と矛盾のない手がかり提示が可能です.しかし,両眼視差は対象物体までの距離の二乗に反比例するため,像をn倍に拡大しても視差量はn倍にしかならず,本当に接近して観察した場合に相当するn2倍にはなりません.このため,立体像が潰れて観察される現象が生じます.
私たちはこの問題に対処するため,カメラをn倍ズームすると同時に,カメラ間距離をn倍に広げる手法を提案しました.ステレオ画像撮影においてカメラ間距離を広げると立体感が強調されることはよく知られていますが,輻輳と両眼差,像の大きさを矛盾なく協調制御するためには,この方法を使うと計算上はうまくいきます.
この原理による立体ズーム画像を用いた「接近効果」を検証するため,CGを用いた基礎実験を行うとともに,カメラ間距離を制御可能なステレオカメラシステムを製作し,実写による検証を行ってきました.その結果,提案手法を適用した主観的な奥行き感は,単純にステレオカメラをズームアップした場合よりも実際に接近した場合に近くなることが確認されました.
しかしながら,提案手法による奥行き感は,実際に接近して観察した場合と完全には一致しないことも明らかになってきました.その要因として,左右それぞれの画像における透視投影(パースペクティブ)が実際に接近した場合と異なり,干渉している可能性が考えられます.この点については,より詳細な検証が必要です.
(本研究は,柳田がATR在籍時代に須佐見憲史氏,鉄谷信二氏,保坂憲一氏らと開始したテーマであり,名城大学において引き続き進めています.)