人は,風が吹いてくる方向をどの程度判別できるのでしょうか?
VRやインタラクティブ技術の分野では,風を使って移動感を表現したり,環境の臨場感を演出する研究が始まっています.しかし,それらのシステムを構築するにあたり,人間がどの程度風の方向を判別できるかについては,あまりよくわかっていませんでした.そこで私たちは,風を提示するシステムの設計指針を確立するため,自分たちで調べてみることにしました.
上図のように,10度間隔にファンを並べた実験装置を構成し,どこから風が吹いてくるかを被験者に判定してもらう実験を行いました.最初は,閉眼状態で風を当て,目を開けてどのファンから風が吹いてきたかを回答してもらう実験を行い,おおまかな判別能力の目安を算出しました.回答の分布で「±標準偏差」の範囲を分解能と定義すると,およそ30度という結果が得られました.この値は,頭部を顎台に固定した場合で32度,顎台に固定しないまま頭部を動かさないようにしてもらった場合で28度,頭部を自由に動かしてもらった場合で28度でしたが,頭部固定の条件間に大きな差は見られませんでした.
次に,実験をより精密化し,心理物理実験で行われている正式な測定法を導入しました.恒常法に基づいて丁度可知差異(JND)の値を測定したところ,顔の正面では24度,顔の右30度の付近では54度という結果が得られました.ただし,被験者ごとに大きく異なる傾向が観察され,被験者によって判別方法の違いや,顔の形状の違いなどの影響が示唆されました.また,ここまでの実験ではファンを鼻先に向けており,単発で直進性の強いファンを使っていたため,風の当たる場所によって方向判別を行っている可能性が考えられます.
さらに,実験装置のファンが向いている方向の中心を鼻先,鼻の根元,頭部中心に設定して,同様の実験を行ってみました.その結果,鼻先を狙った場合21度,鼻の根元を狙った場合13度,頭部中心を狙った場合6度という結果が得られました.つまり,単発で直進性の強いファンを使った場合,被験者は風の当たる場所によって風の方向を判断している可能性が強く示唆されました.
上記の結果に基づき,風速分布の局所性による影響を調べました.ファンユニットが半円のレール上を動く実験システムを製作し,物理的に同じ風源を利用することにより,ファンの個体差や取付誤差による影響を排除しました.顔の正面を中心に,3×3のファンアレイにより頭部全体を覆うほぼ均一な風速分布により提示した場合と,単発のファン(ファンアレイの中央のみを利用)により局所的な風速分布により提示した場合のJNDを測定しました.風源は,頭部中心に照準を合わせています.被験者には閉眼での実験参加を依頼する(アイマスクは顔面を覆うため着用せず)とともに,イヤホンでノイズを流し,ファンユニットの移動音によりファンの方向および移動量がわからないようにしました.
被験者10人におけるJNDの平均は,単発のファンで1.68度,ファンアレイで5.55度となり,両者には有意差が確認されました.単発ファンでのJNDが以前の実験より小さくなった原因は,ファンの個体差や取付誤差を排除する実験システムを構築したことの影響によるものと思われます.
さらに,ファンの構成による風速分布(単一ファン・ファンアレイの2通り),刺激部位(正面・側面・背面の3通り)に関して風向知覚のJNDを調べる,系統的な実験を行いました.被験者は48名(男24名,女24名),年齢は19~24歳の範囲でした.
刺激部位に関しては,風源の種類にかかわらず,正面と背面の間に有意差がなく,側面のみJNDが大きい(風向を知覚しにくい)結果になりました.風源の種類については,正面方向と背面方向で風速分布に関する有意差が確認された一方,側面方向では風速分布に関する有意差が見られませんでした.また,男女差については,すべての風源の種類・刺激部位の組み合わせについて,有意差なしという結果でした.ただし,長髪の被験者は背面において風向を知覚しにくいことも観察されました.
この研究は,以下の研究助成を受けて実施されています.
書籍
学術雑誌論文
国際会議
国内口頭発表など