HMDの瞳孔間距離不整合による世界変形


表示図形 箱形 扇形
ステレオ視パラメータ 頭部運動 手動 自動
IPD: 瞳孔間距離 63 mm 頭部方向(手動) 0 deg.
IAD: HMD軸間距離 63 mm 頭部回転範囲 0 deg.
ICD: カメラ間距離 63 mm 動作時間 0 s
独立 IPD=IAD ICD=IPD ICD=IAD 休止時間 0.5 s
スクリーン距離 1 m

HMD使用時,ステレオ視に関する距離パラメータが一致していないときに観察される「世界変形」の説明です.

この図はTop Viewで,ウィンドウの上側が正面方向です.ウィンドウ下部にある逆T字印はユーザーの頭部方向を示しています. HMDの視野角とカメラの画角が異なる時,幾何学的にはバーチャル世界がどのように知覚されるはずか,メッシュで示しています.細い線が理想的な条件で知覚されるはずの空間,太い線がステレオ視パラメータの違いによって歪んだ空間を示します.

HMDの設定パラメータとしてしばしば IPD (Inter-Pupillary Distance: IPD) が言及されます.IPDがHMDの大きさに合っていないと両眼立体視による正確な奥行き提示を行えなくなりますが,このステレオ視に関係する距離パラメータは3種類あります.

理想条件はもちろん IPD = IAD = ICD ですが,これが成立しない場合,これらの相互関係にょって提示される世界がどの程度歪むかが決まります.

まず,IPD = IAD ≠ ICD のとき.つまりユーザーの瞳孔間距離はHMDの軸間距離に一致しているけれど,カメラ間距離が異なる状況.ICDがIPDより大きい場合は自分が巨人になってVR世界に入り込んだ状況,逆にICDがIPDより小さい場合は自分が小さくなってVR世界を体験する状況と考えられます.このため,それぞれ相対的に提示される世界全体が小さくなった状況,逆にカメラ間距離が小さいと相対的に世界が大きくなった状況になります.このとき,知覚されるVR世界は,眉間を中心にして IPD/ICD に比例して等方的に拡大・縮小します.等方的な拡大・縮小なので,ユーザーが頭を動かしても世界は動きません.

ICD = IPD ≠ IAD のとき.つまり,カメラ間距離を瞳孔間距離に合わせているけれども,HMDの軸間距離が瞳孔間距離と異なる場合.HMD左右ユニット間のサイズ調整機能がないHMDを子どもが装着したときなどに発生します.視点はHMD左右各ユニットの光軸からずれるため斜めから覗くことになりますが,これによりディスプレイ虚像が動かないと仮定すれば,ディスプレイ像に映るステレオ画像を設定と異なるIPDで観察することになります.このとき,知覚される世界は,前額面から物体までの奥行きとスクリーン像面の奥行きの比に従って,眉間を中心に世界が拡大・縮小されます.上の IPD = IAD ≠ ICD の場合と異なるのは,等方的な拡大・縮小ではなく,前額面から物体までの奥行きによって拡大・縮小率が変化する点です.

ICD = IAD ≠ IPD のとき.つまり,提示される画像は理想条件と同じだけれども,ユーザーの瞳孔間距離がHMDの軸間距離と異なる場合.ICD = IPD ≠ IAD の場合と同様,HMD左右ユニット間のサイズ調整機能がないHMDを子どもが装着したときなどに発生します.視点はHMD左右各ユニットの光軸からずれるため斜めから覗くことになりますが,これによりディスプレイ虚像が動かないと仮定すれば,ディスプレイ像に映るステレオ画像を設定と異なるIPDで観察することになります.このとき,知覚される世界は,スクリーン像面から物体までの奥行き差とスクリーン像面の奥行きの比に従って,眉間を中心に世界が拡大・縮小されます.奥行きがスクリーン像面と等しい距離にある物体は,動きません.

一般に,IPD, IAD, ICDがすべて異なる時は,これらの組み合わせになります.

IAD ≠ IPD のとき,つまりユーザーの瞳孔間距離がHMDの軸間距離と異なる場合,生成するステレオ画像のカメラ間距離をどちらに合わせればよいか迷うかもしれません.物体までの距離の拡大・縮小率は,ICD = IAD のときはスクリーン像面上の物体が1,つまり変化しないのに対し,ICD = IPD のときに動かないのは前額面上の物体(真横なので普通は見えない)で,前額面より前方にある物体までの距離は必ず拡大・縮小されます.このため,全体的には,ユーザーの瞳孔間距離を無視し,装置の軸間距離に合わせてステレオ画像を表示した方がむしろ影響は小さくなります.ただし,ユーザーの瞳孔間距離がわかれば,IAD ≠ IPD であっても提示する画像をシフトすることにより,理想条件に一致させることは可能です.(注:このページの議論は,光学系による歪曲収差を考慮していません.多くのHMDはコンパクト化のため短焦点光学系を使っており,大きな歪曲収差を持ちますので,その影響も考慮した上での修正が必要になります.)

IAD ≠ IPD のときにユーザーが頭を動かすと,歪む方向が動的に変化するため,世界が動的に変形して見えます. 頭部運動を「自動」にした場合,頭部は,正面からの角度が正弦波となるよう回転運動を行います. ただし,物体への方向は変化せず場所に応じて奥行きだけが変わりますので,HMDの視野角とカメラの画角が異なる場合とは異なり,それほど致命的な影響ではありません.(表示図形を「扇形」にした方がどのように変形するかを観察しやすいと思います.)

[参考文献]


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作成:2020年6月23日