餅つきVRは,餅つきのリアルな感触と,VRならではの楽しさを併せ持つインタラクティブ作品です. 第25回学生対抗バーチャルリアリティコンテスト (IVRC 2017) へ「餅餅 ~Hey! 餅~」という作品名で応募し,総合優勝を獲得しました.
餅つきは日本の伝統ある文化であり,晴れの日を祝う行事として行われ,世代を超えた地域のコミュニケーションの場を担ってきました.しかし近年,ノロウィルスが原因で餅つき大会が中止されるケースが相次いでいます.そこで,VR技術を使って餅つきの体験を継承したいと思いました.
餅つきの体験にはさまざまな要素がありますが,本作品では餅をついた瞬間の「ぺったん」という感触,餅が杵にくっつく感触と,くっついたまま伸び上がる感触を再現しようと考えました.
餅つきでは全身を使って杵を振り下ろすため,杵が餅に当たったときの反力は相当大きなものになります.また,杵を振り上げている最中は,杵の動きがなるべく制約されないようにする必要があります.この要求を,汎用的なHaptic Deviceで表現することは困難です.そこで,汎用Haptic Deviceが苦手とする表現には「実物」を使うことにしました.一方,実物のみでは餅の状態変化に伴う感触の変化を表現することが難しいため,パラメータの変化をコンピュータからの制御により実現する,ハイブリッドなシステムとして設計しました.
まず,プレーヤーが実物の杵を改造した「杵デバイス」を握ることで,手が直接触れる部分のリアリティを確保します.この意味で,本システムは「把持型」ハプティックデバイスの考え方に基づきます.また,杵デバイスが餅の感触に近い物体に衝突することで,杵が餅に当たった瞬間の感触を表現します.この部分は非接触時の自由度と接触した瞬間のリアリティ確保が得意な「環境型」ハプティックデバイスの思想に基づきます.
杵が衝突する「餅デバイス」としては,さまざまな材質を試した結果,スライム袋が我々の求めている感触に最も近いと判断しました.つき始めの頃,蒸し米のままに近い状態では,杵が臼の底を叩きやすく,つき上がるにつれて餅の粘性が増し,ぺったんという感触が主流になります.この現象を再現するため,スライム袋の下に空気袋を挟み,ついた回数に応じてエアポンプで空気を入れ膨らませています.
餅が杵にくっつく感触は,杵の先に仕込んだ磁石と,スライム袋の上に乗せた鉄粉袋により表現します.当初,磁性流体スライムを用い,袋が変形して杵にくっつく方式を検討しましたが,柔軟な袋は耐久性に不安があり,破れてしまうと中のスライムが飛散するおそれがあることから,分離方式を採用しました. 餅が杵にくっつく,くっつかないの切替は,杵の先に仕込んだ磁石をリニアアクチュエータを使って動かすことにより行っています.こちらも当初,電磁石の利用を検討しましたが,我々が試した範囲では十分な引力を確保できなかったため,磁束密度の高いネオジウム磁石を利用し,物理的に杵の先端から離すと鉄粉袋がくっつかなくなる現象を利用しました.
餅はつき上がるにつれて,よく伸びるようになります.この様子を再現するため,鉄粉袋の四隅にバネを取り付け,下から引っ張ることで餅が伸び上がる高さを制御しています.つき始めの頃は餅があまり高く伸び上がらないよう,プーリーでバネのついたワイヤを強く巻き取っておき,つき上がるにつれて緩めていくことで高く伸び上がるようにします.餅が杵から剥離するシミュレーションは複雑であり,加えて永久磁石を採用したため磁力のオン・オフの瞬間的な制御が期待できないことから,餅が杵から剥離するタイミングは,実世界で鉄粉袋が杵デバイスから離れる瞬間を検知し,VR世界へ反映させる方式としました.鉄粉袋の表面に導電性ゴムシートを貼り,杵デバイスの先端はアルミ箔で覆って電極として用い,両者の導通を監視する回路で接触・剥離を検出しています.
プレーヤーが杵デバイスを手に持ちHMDをかぶると,目の前にVR世界が現れます.中央に餅米の入った臼があり,杵はプレーヤーの動きに連動しています.前方左側に返し手のウサギ,右手に相方のウサギがいて,プレーヤー → 返し手 → 相方 → プレーヤー の順番で餅をついていきます.何回かつくうちに,餅が杵の先にくっついて伸びるようになります.プレーヤーが右手前の水桶に杵をつけると,餅がくっつかなくなります.これを繰り返していくうちに,餅ができあがります.
以上のように,本システムでは実物と電子制御デバイスを補完的に利用することで,餅つき体験のリアリティを再現しました.それと同時に,餅の伸びは実物よりも大きくなっており,デフォルメによりVRならではの楽しさを提供しています.